小野先生の一期一会地球旅51「海外児童福祉研修団に添乗して その3」

一期一会 地球旅 51

児童福祉海外研修団に添乗して  その3  思い出いろいろ①

資生堂財団で派遣された海外研修団は80年から20年近く旅行業務をご下命いただき、そのうち自身でも7回添乗させていただいた。ほかにも施設職員永年功労顕彰ハワイ旅行もお世話させていただいたがこれは「訳あり」、後でお伝えしたい。どの旅行にもいろいろな思い出があるがとりわけ印象深いことについていくつか紹介させていただきたい。

1前回述べたが、最初の米国研修の翌年度はオーストラリアのメルボルン、これも集中型研修でありプログラムはさらに幅広くそしてより専門度合いが深いものであったと思う。研修団員はいずれも多くのことを学ばれたであろう。その翌年、 82年(昭和57年度)は、財団設立10周年であり、海外研修団も10回目となりこれを記念して初めて施設長を対象として編成された。カナダのトロントとオタワ、米国のボストンとリッチモンドでの研修であった。団長を務められた側垣雄二氏はこのときの研修報告で興味深いことを述べておられる。「これまでは、中堅職員などが派遣されて彼らが海外で見聞を広めて改善の意欲に燃えて帰国するが、自らの職場等に於いてその研修成果を活かして実践するには様々な障壁があるとの悩みが寄せられていた。そこで、施設の児童処遇の方策について決定権なり、責任を負っている施設長を研修団員として派遣されることになった。2研修団員各位にはその使命感の上に立って、研修結果を通して児童の社会的養護全般の事業に寄与し、その牽引車、推進者となることが期待されている」  そして、研修の主題は「『新しい施設擁護の展開』 - 自己改革への課題」と定められた。研修団は各地で精力的に学ばれたが、その結果を次のように要約されている。「歴史の成り立ちの相違等、外国に学ぶことも多い事実であり、否定しえないが、取捨選択し、真に日本社会に適った児童の健全育成、社会的養護の在り方を追求し続ける使命のあることを深く認識したいものである」

側垣団長は、資生堂財団への深い謝意を捧げられる一方、訪問各地で研修に協力された施設や組織に対しての敬意を表しておられる。そして、ありがたいことに小職へも「忘れえぬ貴重な存在であり、感謝している」として加えてくださっている。 添乗業務と併せて各地での通訳も務めてきたのでこのように評してくださったのであろうか。このような一文を拝見すると連日の苦労を瞬時に労っていただける思いで嬉しかった。本稿を書くにあたって財団の海外研修実績報告を拝見すると、82年の第10回海外研修から30年過ぎた第38回(2012年)研修団の団長は、側垣一也氏が務められた、とあった。筆者がお伴させていただいた時の側垣団長のご子息であろうか。

3財団では、83年には、St. John’s Homes for Boys and Girlsの総合施設長イアン・G・エリス師を国内研修の特別講師として招聘されている。次いで、85年2月(昭和59年度)にもう一度豪州へ研修団を派遣されている。しかし、この時はタスマニアが主でメルボルンは従であった。3年前にメルボルンで集中的に研修されており、団員は別であっても前回の報告等からかなりのことを学ばれていた。その上でもっと深く学びたいという声もあったのではないだろうか。財団から同行された常務理事杉本勇氏が報告書にそのようなことを書いておられる。この数年間はオーストラリアの児童福祉について多くのことが日本の関係者に伝えられたといっても良いであろう。

タスマニアは、オーストラリア大陸の南東方向に浮かぶ島であり、メルボルンからは空路1時間の距離にある。地図で見るとリンゴを半分に切ったような形の可愛らしい島であるが、実際にはオーストラリア連邦の一つの州であり、面積6万8千㎢、北海道の8割くらいの大きさであろうか。しかし、人口は50万人ほどで、それも島の南岸にある州都ホバートが20万人というから他の地域は極めて人口希薄であり、広大な自然が広がっている。4この時は、ホバートでの集中研修後、さらに内陸部にある施設などを訪ね、島を横断して北岸のダヴェンポートに至った。途中はLake Highwayさしずめ湖水道路と呼んでもいいだろうか、大小の湖や川沿いを走り、原野を抜けた。千古斧を入れない原始の森や湖沼地帯などおよそ人の気配を感じさせない広大な風景がどこまでも続いていた。 近年、世界遺産について学んでいるうちに「タスマニア原生地帯」が1982年にユネスコの世界遺産として登録されていたことを知った。 しかも10区分の登録基準のうち、7つが対象として認められており世界遺産の区分から言えば、複合遺産である。これは中国の「泰山」と並んで全世界で1007(*)ある世界遺産の中でも一番多くの登録基準を満たしていることになる。加えて生物圏保存地域としても高く評価されている。このようなことをこの時に知っていたらなお一層関心を持ってこの地を訪れていたことであろう。 (*) 2015年4月現在

85年には、もう一度研修団のお伴をさせていただいた。こちらは、昭和60年度事業であり10月下旬に出発してデンマーク、スイス、英国と回った。5デンマークが主要研修国であり、フィン島にあるボーゲンセ生活学園(Bogense Traeningsskole)の主宰者千葉忠夫氏が全面的に協力されて4日間のプログラムが行われた。氏はノーマライゼーションという考え方の提唱者であるバンク・ミケルセン博士の下で学ばれたと聞いている。そして、自ら 現地で青少年の育成に携わられ、やがて学園を設立、その後さらに日欧文化交流学院へと発展させられた方である。日本からデンマークの社会や福祉について学び、研修するためにこの学院を訪ねられた方も多いであろう。私も福祉関係者や医師などのグループを紹介したことがある。

資生堂財団の海外研修実績報告を拝見すると、2011年の研修団の団長が松本厚生氏であったとある。そして、この年の団長報告の中で、「デンマークでの研修の締めくくりに、1985年の第12回資生堂海外研修よりご協力頂いているデンマーク在住の千葉忠夫氏(『世界一幸福な国デンマークの暮らし方』PHP新書)から『デンマーク人はなぜ幸せなのか』をテーマに講義を受けた」とある。6松本氏の言われる1985年とは、昭和60年度研修団のことであり、この時は団長以下総員15名と比較的こじんまりしていたが、今は氏が理事長をしておられる大村子供の家の福崎洋子さんも居られた。また、松本氏自身は1980年(昭和55年度)の米国研修団の団員であり、筆者が資生堂財団ご主催の研修団を初めて添乗させていただいており、一層懐かしくそして印象深いものであった。

【ご案内】

児童福祉研修団とは直接には関わりはないが、ここで新しい話題をひとつ紹介させていただきます。

◎  クロウストン多哥さんのスノーバード便り http://bcaz.blog.fc2.com/

7長年にわたってご案内した視察団や研修団では、世界各地で現地通訳としてお世話になった方も多い。その中のお一人に、カナダのトロントなどオンタリオ州でお世話になったクロウストン多哥さんがおられる。今は、西海岸のバンクーバー在住であるが、冬の間は米国アリゾナ州のサンシティで過ごされることが多いと聞いている。 「一期一会 地球旅 47」でも紹介しているが、言うところのSnowbirdの一人である。米国北東部や中西部、あるいはカナダなど冬季の寒さを避けてアリゾナやフロリダなど温暖な地でひと時を過ごし、春になるとまた北帰行される人たちである。最近は、日本でも、冬の間は沖縄などで過ごされる方もあると聞いているのでこちらは日本版スノーバードであろうか。アリゾナ州都のフェニックスやサンシティなどのあるValley of the Sunには、たくさんのリタイアメント・コミュニティがあることで知られている。8一帯では、常住している引退者などの市民だけでなく、年に数か月を過ごすSnowbirdsの存在も興味深い。多哥さんは、「スノーバード」という標題でこのような人々の生活の様子、サンシティ・ウエストのシェリフ・ポシーとボランティアグループによる町の 安全警護の応援、認知症や要介護の人々への様々な仕組みをブログで紹介しておられる。今年も4月になってバンクーバーに戻られたと思うが、今度はカナダでの話題をまた聞かせていただけるのではないだろうか。 今から、次の話題を楽しみである。

(資料 上から順に)

昭和57年度(1982年) 資生堂児童福祉海外研修団 報告書(表紙)

カナダ・オンタリオ州児童援助組織協会での講義(同上報告書より)

タスマニアのグループホームにて (昭和59年度 研修団)

タスマニア原生地域(Cradle Mountain & Lake St. Clair N.P.) (資料借用)

ボーゲンセ生活学園(昭和60年度 研修団報告書より)

昭和55年度 研修団 米国・コロラド州ヴェイルにて(1980年)

サンシティのシェリフ・ポシー (スノーバードの一部にある話題 : 資料借用)

R.U.O.K.(同上 : 資料借用) Are you OK? の略で「あなたは、大丈夫?」という意味。身体が不自由な人、一人住まいの人たちを毎日、本人が希望する時間に電話でR.U.O.K.と問い合わせてくれる仕組み。

                             (2015/4/12)

                        小 野  鎭