小野先生の一期一会地球旅59「嬉しいハプニング2」

一期一会 地球旅 59

嬉しいハプニング (2) ホテル・アイガーでの思い出

窮余の一策から宿泊することになったベルナーオーバーラントのミューレンには夕方到着、一泊して翌朝はあわただしく出発した。落ち着いて、この集落を散策するとか、雄大なユングフラウ山塊の眺めを心行くまで堪能するというほど余裕のある滞在ではなかった。 しかしながら、美しい風景とホテル・アイガーのもてなしに十分満足した、というのが率直な感想であった。そして、ご案内したお客様は勿論、自分自身でも予想以上のラッキーな経験であり、次は最初からこの村に、できれば連泊してみたい、そんな印象が強かった。

翌年、6月上旬であったが今度は、最初からミューレンに2泊し、ユングフラウ周遊を楽しんでいただくプランを準備した。正直なところ、ラウターブルンネンからの往復が伴うので、時間的にも経費的にもあまり勧められるプランではなかったが、アルプスを二度楽しんでいただける!そんな思いも大きかったし、何よりもそこでの滞在が楽しく、素晴らしいものになるに違いないと確信していたからであった。ところが、今回は予定した時期にホテル・アイガーは、シーズン前でまだ閉館していて改装中であり、その翌週からオープンするということであった。止む無く、別のホテルを確保せざるを得なかった。後で知ったことであるが、山岳リゾートなどにある家族経営のホテルやレストランは、シーズンが終わると閉館して彼ら自身が休暇をとるとか、その間に改築を行って次の季節に備える、などのやり方が一般的であった。かたちは違うが、上高地などは春の連休直前からシーズンが始まり、紅葉の季節が終わるとほとんどの宿泊施設は閉館してしまい、わずかな施設などが部分的に冬の間も一定期間のみ営業している、と聞いている。

1さて、グループは予定通り出発し、各地での視察などを行いながら、この地に到着した。ラウターブルンネンからケーブルカーに乗り、中間駅のグリュッチアルプに向かった。高度を増すにつれて、巨大なU字谷が眼下に広がっていく。この谷は、両方とも高さ7~800mのほとんど垂直な崖になっており、谷のあちこちに落差数百米の滝がある。その代表的なシュタウバッハの滝(落差300m)はケーブルカーから手を伸ばせば届きそうなほど、その名の通り、飛沫が散っていた。お客様は、次々に替わっていく絶景にシャッターの音を響かせておられた。そのとき、突然、「Hello, Mr. Ono !」と女性の声が届いた。驚いて、目をやると現地人と思しき女性がにこにこ笑っていた。一瞬、誰であったか思い出せず、それでも、すぐに「Hello, How are you ?」と応じた。とは言いながら、誰だか依然として思い出せなかった。すると、女性は、「ホテル・アイガーに泊まりたいと、予約の申し込みがあったが、うちは、来週の開館に備えて、いまは準備中。そこで、すぐ近くの000ホテルを紹介しました。あちらもいいホテルですが、次回はぜひ、うちに来てください」と話を続けられた。そこで、やっと思い出した。昨年、泊まったホテル・アイガーのマネジャーであり、総支配人夫人Frau Annelis Stähl-von Allmenであった。日本で言えば、女将(おかみ)であろうか。こうして、予想もしなかった人物との再会であったが、1年前にわずか1泊したグループの添乗員を覚えていてくれたことで益々このホテルへの信頼度が高まっていった。そして、念願がかなって、1977年に2泊することができ、それまでの経緯などをアンネリズ夫人に話した。そんな理由もあってであろうか、個人的には、他のグループよりもずっと心を込めてお客様に気を遣っていただけたような気がする。お蔭さまでお客様には大変好評をいただいた。

2そのうち、ユングフラウ・ヨッホまで行くのはいいけれど、ミューレンの背後にあるシルツホルンの頂上Piz Gloria(2980m)までの周遊をすすめられた。このことは、数年前、初めてミューレンに泊まることになった時、手配会社であるクオニの営業マンであるハンス・レルフも強調していた。 そして、ある年、これを試みたところ、3454mのユングフラウ・ヨッホまでの所要時間の半分以下で頂上まで行けるし、ヨーロッパ大陸最長のアレッチュ氷河などは見えないが、ピッツ・グロリアからの眺めはなるほど見事であった。展望台とシルツホルンの雪景色は、あのジェームス・ボンドの映画007シリーズの一つ、「女王陛下のダイナマイト」の舞台としても使われて話題になっていた。アイガー・メンヒ・ユングフラウ三山を主峰群とするベルナーオーバーラント山塊の雄大な眺めは圧倒的な素晴らしさである。下山するときは、途中駅でロープウェイを降りてそこから斜面を歩いて下りて行く。雪渓のしずくが小さな流れとなって流れが集まり、やがてあのシュタウバッハの滝などでラウターブルンネンの谷へ落ちる。谷を下って湖に注ぎ、やがてアーレ川となり、さらにはライン川となってオランダに至り、北海へと注ぐ。そのことを思うと、アルプス各地にある無数の源流の一つであるラインの始まりを知ることが何かしら限りなく愛おしく思えた。

3ホテル・アイガーには、たくさんのお客様をご案内してきた。たくさんの医療や福祉関係団体はもとより、農業や畜産関係は山岳酪農や移牧の様子を見ることができたと喜ばれた。2002年には、高校時代の同級生の還暦欧州旅行としてみんなに喜んでもらえた。もっともこの時は、ユングフラウ山塊の上に出てきた月の美しさに心を打たれて青春時代に戻り、みんなで校歌を歌い、元気が良すぎて他の宿泊客の眉をひそめさせてしまい、申し訳なかった。2005年には、88歳の母と妹たちや親しい仲間でこの地を訪れた。当時、母は車いすを使っていたが、ピッツ・グロリアの展望台では、思わず、車いすから立ち上がり、山々の美しさに感激していた。この時の写真は、4年前に母が逝ったとき、斎場に展示してその笑顔はお参りに来てくださった方々に楽しかった「いやしの旅」の思い出を伝えているようであった。
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さいたま市にある障がい者の地域福祉団体では、2,3年おきに海外旅行をしておられるが、世界一美しい山を見に行こう、ということでこの地へご案内した。2010年のことであった。このときは、3泊して、中の一日シルツホルンに周遊されたが8月下旬のその日は山頂では雪が舞っていて眺望はほとんどゼロであった。山頂のレストランで、ポスターやパンフレットにある写真で雄大な風景を察していただくしかなかった。その日、山から下りて、ホテルを通じてお願いしてあったアルプ・ホルンの奏者にホテルに来てもらい、その音色を楽しみ、みんなもホルン吹きに挑戦された。その夜、雨がやみ、翌日、一行は、もう一度、山頂への周遊を試みられた。そして、ロープウェイが雲海を抜けると、そこに神々しいまでの光景が広がっていた。思わず歓声が上がった。「見えた! 世界一美しい山だ!」

570年代に最初のころ訪れた時見かけた中学生くらいの息子であった長男アドリアンとその夫人スザンナが今はホテルを切り盛りしている。この数十年間にホテルは次第に拡張され、今では、長期滞在者向け貸別荘と短期滞在用のホテルから成るミューレン一のリゾート施設となっている。毎年、クリスマス/カードを交換しているがその都度ミューレンの最新情報を添えて一家全員のサインがある。アンネリズ夫人は、引退されていて昔馴染みのお客様が見えた時は挨拶に顔を出してくれる。あの人懐っこい笑顔に深いしわが刻まれているが、そのやさしさは今も変わらない。6もう一つ、書いておかなければならないことがある。最初にミューレンを紹介してくれたクオニのハンス・レルフは、その後、香港支店長を経て、チューリヒ本社の社長となり、彼がたまたま久しぶりに日本支社を訪れた時、旧懐を叙すことができた。

これまでにベルナーオーバーラント地方は数十回訪れているがその半分近くはこのミューレンを訪ねていると思う。いろいろな方から、どこが一番よかったですか?と聞かれることがあるが、旅行先について言えば惚れっぽい性格で行く先々の国や町が好きになる。それでも、スイスが好きで、さらにミューレン!と答えることが多いような気がする。

(資料 上から順に)

シュタウバッハの滝 (Staubbach Falls)

シルツホルンの頂上 ピッツ・グロリアにて(70年代終わりのころ)

母(88歳)、ピッツ・グロリアでは思わず立ち上がっていた!(2005年7月)

ホテル・アイガーでの歓迎!

今では、ミューレン一のリゾート施設になっている。

クリスマス・カードには全従業員の笑顔がいっぱい! (2014年)

                                (2015/06/08)

 小 野  鎭