一期一会 地球旅 181 リンデンハウス 平和を願って広島へ(10)  宮島(その2)

一期一会 地球旅 181

リンデンハウス 平和を願って広島へ(10)  宮島(その2)

「宮島グランドホテル有もと」は厳島神社の東側に広がる門前町の一角にある。町は弥山(みせん)の山麓一帯、海に向かって右の手のひらを開いたような形をしている。つまり、親指の方側にはあまり広がらず、人差し指から中指、強いて言えば有もとは薬指の付け根辺りにあると言えばわかりやすいかもしれない。建物の裏側に森が広がっている。神社の神域に含まれており、天然記念物に指定されているので勝手に伐採したり、山を削ったりすることはできない。ホテルのロビーはシックな造りでなかなか落ち着く雰囲気である。資料を見ると、江戸時代初期、いまから400年前に創業した大根屋旅館がその前身であったとある。かつては厳島神社の末社を船で廻る御島巡りの巡拝者たちを神社に取り次ぐお世話をしていたとか。神社に一番近く、この島で一番古い歴史があるとのこと。フロントではすでに部屋割はすでに準備してあったが実際に部屋に入れるのは15時過ぎからということであり。当初の予定通り、先ずは厳島神社の参拝と見学に出かけることになった。とはいっても見学が終わった後、帰りはバラバラになることが予想されたので、ホテルの位置の確認と夕食の時間等大切なことを皆さんにお伝えしておいた。

フロントは二階にあり、一階降りて玄関を出ると一帯は静かな住宅街。3~4分ほど歩くと神社の境内である。海に面して御手洗(みたらい)があり、手を洗い、口をすすいで拝観料を払うために受付に並ぶ。午後も3時近くとあってすでにピークを過ぎているせいかそれほど混んではいなかったがそれでも10数名が並んでいた。今回は専門のガイドは頼んでいないので俄か勉強の知識をもとに皆さんに弥山と厳島神社について説明する。神社の由緒と造りは世界遺産学習の中でいく度も出ているので概要は承知しているがうろ覚えであり、いざ他人様に説明するとなると自分自身初めての訪問であるのでいささかおぼつかない。メンバーの皆さんには祭神のことなどは難しすぎるのか少々退屈気味の様子が見て取れる。これ以上説明しても却って疲れてしまいそうであったので、ほどほどにして皆さんそれぞれにお参りと見学をしていただくことにした。随行スタッフの方々が数名ずつ動いていただくことになり、お任せすることになった。K氏からは参拝が終わったらロープウェイで弥山の山頂に上がりませんか?と呼びかけられた。男性メンバーは殆どそちらへの希望らしい。加えて数名の女性も同行される様子。そんなわけで皆さんには自由にお参りして見学をしていただき、その後は少人数ごとに動かれた。

筆者は勝手をお許しいただき、客(まろうど)神社と本社を参拝することにした。廻廊の入り口からすぐに客神社がある。摂社第一で天忍穂耳命(あめのおしほみみのみこと)など五柱、不遜なことを申し上げて神様からおしかりを受けるかもしれないが、いずれも舌を噛みそうなお名前が並んでいる。五穀豊穣、海上安全、火難除けなどの神様と解釈している。本社本殿では別途お祓いを申し出る余裕はなかったので、拝殿でお参りした。祭神は市杵島姫命(いちきしまひめのみこと)、田心姫命(たごりひめのみこと)、湍津姫命(たぎつひめのみこと)、つまり宗像三女伸である。 厳島(いつくしま)は「神に斎く(いつく = 仕える)島」という語源のように、古代から島そのものがとして信仰されたと考えられている。今年、世界遺産として登録された「神宿る島 宗像・沖ノ島 関連遺産群」では宗像三女伸の筆頭としては田心姫命が置かれているが、ここ厳島神社では市杵島姫命が最初に置かれている。つまり、この島の由緒につながるところからそうなっているのであろう。天照大神の御子である三女伸は地にあって国を治めることに力を添えるようにとの使命があると聞く。この神社にあってもよろしく国を治め、瀬戸内の海上安全を守るようにとの願いを込めてこの神社の祭神とされているのであろうか。ここに社殿が創建されたのは推古元年(西暦593年)とされ、現在のように海上に本殿や拝殿の建物が並ぶようになったのは平安時代、平家一門の守護神として位置づけ、篤い信仰を寄せる平清盛によって社殿が整えられ、色鮮やかな朱色の建造物が海にせり出した姿が完成したという。

今回は自分自身の旅行ではないので個人の趣味で参拝し、じっくり見学するわけにはいかなかったがそれでもかねてより一度は詣でたいと願っていたのでこの神社にお参りできたことは感激であった。海に浮かぶこの神社は常に海水に洗われており、高潮や台風などで幾度も傷みを受けてきているがそれを当然として受け止めて廻廊の板張りは隙間を開けて海水の押し上げに対処しているのだと聞いている。礎の上に置かれているたくさんの柱は傷んだところは昔なりのやり方で常に補修されている。神社専門の修復担当部署が置かれ、神職は神社を自然の猛威から守り続ける役割も負っていると紹介されている。今日も丹塗り(にぬり)の朱色は鮮やかであった。先人たちの神への畏敬と海の上にこのように驚くべき壮麗な建造物を作ったその卓抜したアイデアと技術は世界的にも高く評価されている。そして普段の弛まぬ保全と維持管理、そして何よりも神を敬い続けるその姿勢が結果的にはこの神社の由緒と真正性を保ち続けていることに繋がっていると解釈している。1000年以上もの長い間これを守り続けてこの神社に寄せる神職や島の人々の崇高な精神に心を打たれる思いであった。

神社からホテルに戻り、30分ほどロビーで待機した。メンバーは誰もまだ戻っておられず、先ずは全員の帰館を待たなければならない。ソファに腰を下ろし、メモを取りながらほんのわずかではあったが、忙中閑あり。久しぶりに味わうコーヒーの味がことさらおいしく思われた。そして、明日の帰京を前にして、折しも鹿児島県の南方でのろのろを続けている台風5号の動きを探り、明日に影響がなければいいが、と願うことしきりであった。

(以下次号とさせていただきます)

資料、上から順に (ことわり無きもの以外は2017年8月6日撮影)

宮島てくてく散歩マップ(有もと 案内より)

客神社 拝殿

本殿 拝殿(資料借用)

廻廊 板張りの隙間

建物を支える柱と礎、柱は部分的に継がれている。

宮島グランドホテル有もと(パンフレット)

(2017/10/27)

小 野  鎭